静子さん(女性)のページ

自己紹介

DVDを通じて、「今を生きる事は過去も未来も統合している」と気付き、様々な制限から解放される生き方が出来るようになりました。

愛用しているDVDと使用期間(使用頻度・時間)

  • 「キングダム・オブ・ハッピネス」(2007年11月から)
  • 「クリスタル・メディテーション」(2009年7月から)
  • 「ユースニング」(2010年1月から)
  • 「ソウル・フリーダム」(2010年1月から)
  • 「ムーンナイト・ライダー」(2010年6月から)

沢山の気付きと自分の心の解放。(2011年5月8日)

今までにブログやメルマガに掲載して頂いた文章をまとめてみました。内容は、すべてそのままです。最初の頃のものから順に今に至る、という運びになっています。

【その1】大きな心境の変化

こんにちは。皆様の体験談を何度か読み返し、意を決して、私も2ヶ月半程前から「キングダム・オブ・ハッピネス」を使い始めました。

気付いた事は、
(1)最初1ヶ月半は、とても涙もろくなりました。何事につけ、物事や人の背景を想像して、「さぞ大変だったろう」とか「本当にありがたいな」などと、とても敏感になり、泣けてくるのです。「感傷」という言葉は、私には存在しなかった筈ですが。特に感じたのは、実家で離れて暮らしている親に対しての気持ちの変化です。今までは気付かなかった「ありがたみ」がかなり強く感じられ、TVを見ても、音楽を聴いても、本を読んでも・・・ともかくスグに結びつけてしまい、涙涙・・・。

自分でもこの感情にとまどう程。「一体、自分はどうなってしまったの?」「40歳半ばにもなって、突然親離れ出来なくなりそう?」・・・という、少しの不安。ですが、DVDによる変化としか考えられなかった為、しばらく様子をみようと思っていました。

そして、2ヶ月近くたった頃、ようやく落ち着いてきました!DVD以前の私は、通りいっぺんの親への感情しかなかったと思います。が、この期間を通じて、幼少時代の自分、学生時代の自分を、どれだけ支えてくれていたのかを改めて心の中で、映画をみているかのように、何度も何度も思い起こし、改めて、親に対する愛情が沸いてきました。不思議な出来事でした。

(2)夢を毎日のように、みるようになりました。朝起きた時、はっきりと覚えているような夢です。(それまで、夢をみることが、ほとんどなかったです)特別に天使が登場するようなものでなく、昔の同僚や先輩(当時は一緒にいることすらしんどかった方々)と食事したり、その他、いろんな人と出会って話していたり・・・といった、日常的なもので、現実にもありえそうな内容です。

(3)毎日が開放的な気分で過ごせるようになりました。もともと真面目で、少しでも怠ける生活を送ると自分を責めてしまう傾向でしたが、最近は、「これも自分」と、いろんな自分を許せるようになりました。同時に、他人を見る目も寛大になりつつあります。責めたりせず、「そんなこともあるよね」といった具合に、怒りが起こりません。自他ともにOKといった心境です。これはとても楽です。

大きく分けると以上の結果で、あくまでも心境の変化といったところです。 特に(3)については、今までも心理的な本も読み、他人との接し方や自分の心の置き方など、ノウハウは学んでいましたが、心の底から・・・ という風にはなれませんでした。が、ここ最近、心底というか自然と、自分と他人との区別に目くじらをたてなくなりました。

「自分はこうなのに、この人はあんな事して、嫌になる」などと、以前は自分の理解出来ない人や理不尽な出来事に対して強い嫌悪感を持っていましたが、最近は「それぞれが背負っている人生なんだな」と流せるようになりました。どんな人も出来事も、各々に理由があるのだから、自分が一々分け入って、感情というエネルギーを費やす必要がない。と思えると、いろいろな出来事がラクに過ぎていきます。

(1)の涙もろくなった。という事と相反するようですが、愛情を感じたり、綺麗なエネルギーに対しては敏感に感知し、それ以外に対してはサラサラと流す、という事が出来るようになってきたように感じるのです。

【その2】本を読んだ2日後に見た不思議な夢

私は、『人生を変えたいときに観るDVD』のp106に掲載していただいた体験の持ち主です。当然、存じ上げていたはずの皆様の体験をあらためて拝読すると、そこに新たな発見があり、日々の自分に照らし合わせて、深く共鳴できる部分がとても多いことに驚きました。

日毎に感じている自分の変化と皆様の体験が、合わせ鏡のように似ている。そんな印象でした。実は今日のメールは、このご本を拝読して、2日目に起きた現象のご報告です。それは、夢のような感覚でした。夜、ベッドで眠っていた私は、突然、「もう、ソロソロいいだろう。」という男性の声を聞き、すぐ後に、虎の姿を見せられました。

もちろん、目はつぶっていました。「ああ、これは夢かな。」と、もう一人の自分(?)が冷静に判断しようとしました。確かに自分は今、横たわっている。右側を下にして寝ている。「でも、眠っていない。なぜなら、手をのばして本に触り、枕の感覚を確認し、ちゃんと自分の周囲を認識できるから。」そんな意識の中で、虎の映像はフッと消えました。色つきの、掛け軸の虎でした。驚いたのは、その後の映像です。

掛け軸の空白の部分に次々とお坊様の映像が消えては映り、またスグ消えては映り。何十という人数のお坊様が、まるで水墨画がパッパッと昔のフィルムのように、消えては写り消えては写り。それがあまりに早すぎて、認識できない内に次の映像に変わってしまう。下から絵が浮き上がってくる。もぐらたたきのように、スグに消えてしまう。「私に何を訴えようとしているのかわからない! もっとわかりやすく、ゆっくりと見せて!」と心で叫んでみましたが、ダメでした。

まぶたはピクピク動き、すぐにでも目をあけることはできましたが、映像が消えてしまうのがもったいなくて、せめて映像が止まるまで目をとじていようと思いました。しばらくして真っ暗な状態に戻りました。ゆっくりと目をあけました。やはり夢ではなかった。と確信できました。一瞬で消える映像は今までも多々ありましたが、あんな映像の登場は初めてでした。白と黒の音のない世界。自分だけが観客のスクリーンを見せられているようでした。

視覚的には明るい画像ではなかったのですが、私にはこれから何かが始まろうとしているように思えてなりません。寅年の今年を象徴する映像だったのでしょうか? 私は実際はウサギ年ですが、節分前の誕生日なので、寅年生まれとして考えるのが良いと聞いています。誕生日直前に見た映像として、十分すぎるほどのメッセージだったと思えます。

まったく違う体験ですが、以前2度ほど、目の前を凄い勢いで疾走する車に対して、「そんなスピードをこの道幅で出すような無謀な運転していると、必ず事故を起こすんだから!」と思っていると、2度とも目の前で事故が起こりました。最初は偶然だと思ったのですが、2度目はそうも思えなくなりました。

また最近は、仕事場での人事で、1カ月で3人が辞めるなど、以前私が「そうなったらいいのに」と思った通りになっていく現実を目の当たりにしています。エネルギーということを考える時、人生を自分の願い通りに展開できるとしたら、自分の思いを正しく純粋にしておくことは、本当に大切なことだと思う毎日です。

自分への誕生日プレゼントとして、さらに今回DVDを2枚、購入させていただきました。正しい努力ができる自分でいたいと思っています。どうぞ、今後とも宜しくお願いいたします。長いメールをお読みくださり、本当にありがとうございました。

…コメントbyほおじろえいいち…

とても興味深いお話、ありがとうございました。この本には「魔法使いの法則」に似ている一種のヒーリングエネルギーが込められています。なので、私はこのような感想文が寄せられるかもしれないと思って楽しみに待っていました。

拙著『ヒーリング・エナジー』でも試みたことがありますが、この本の文章のなかに読者の方々が幸せに向かうようなエネルギーを込めておきました。それをS・Tさんは、お坊様のエネルギーと感じられたのかもしれませんね。私は僧侶ではありませんが、寅年生まれです。節分までは前の年の干支になるので、旧暦の考え方で行くと、S・Tさんも寅年ということになります。おもしろいシンクロですね。

映像が非常に早く現れては消えるという現象が出たときは、もう少しゆっくりしてくださいと頼むと、ほんとうにゆっくりして、意味がわかったり、その中の文字が読めることもありますので、覚えておかれるとよいでしょう。

目の前の車が事故を起こすと思ったり、会社で人が辞めることが何らかの形で意識に上るのは、一種の未来予知なのかもしれません。自分が思ったからそれが実現したのではなく、そのようになる予感のようなものが、そういう思いを心に浮かべさせたのではないでしょうか。しかしながら自分の思いは他者にすくなからず影響を与えるので、いつも純粋でポジティブな思いでいることが大切ですね。

そして「もう、ソロソロいいだろう。」という声。私には、さらなるスピリチュアルな成長のため次のDVDのエネルギーをあびる時期が来たという意味のように思えてなりません。宇宙の大いなる存在が「キングダム・オブ・ハッピネス」を使い続けてカルマの浄化をはかっていたS・Tさんを、やさしく見守ってくれているということなのでしょう。ご自身への誕生日プレゼント(「ソウル・フリーダム」と「ユースニング」)が、彼女にさらなるよい変化をもたらしてくれると信じています。

【その3】 魂の自由な喜びを感じる(2010. 3. 27)

こんにちは。いつもメルマガで新しい情報をお教え頂き、有難うございます。今日は、2ヵ月半前の自分への誕生日プレゼントとして「ソウル・フリーダム」、「ユースニング」を使用してからの変化をお知らせしたく、メールしております。大きな変化としては、目覚めてからもはっきりと覚えている夢を、ほぼ毎日見るようになったということです。時には、2本、3本立てで見ます。そしてその内容は、今まで起こった出来事や出会った人の意味を教えられたり、また、遠く離れている人やずっと前に出会った人の現在の私への思いを教えられたり、です。

私が常々、1「ケンカ別れのようになってしまった学生時代の友だった彼女は、今、私に対してどんな気持ちなのか?」2「私の一人暮らしを心配している母と、もっと心を寄り添わせたいけれど、どうしたら良いのか?」3「20数年前に他界した父は、私達家族との出会いで、どんな学びをしたのか?そして今、どんな思いでいるのか?」など、だれに聞きたくても、もたらされないような疑問への答えが、夢の中で与えられるようになったのです。

例えば、1に対して、目の前にいる彼女の髪の美しさに感動した私が、心から褒め称え、彼女にピンクのリボンを手渡すと、彼女はニッコリ微笑んでそのリボンを受け取り、「似合う?」と嬉しそうに、笑顔で語りかけてくれました。目が覚めた時、心がジーンと温かく、「時が経ち、お互いに許しあい、わだかまりが溶けたこと」を実感できました。本当に嬉しい夢でした!

2に対しては、母と久々に電話で話した日に見た夢で教えられました。二人で手をつないで散歩していたのです。もともと私達母娘、姉妹、父も含めて、手をつなぐなど、ありえない家族だったのに、です。仲が悪いのではなく、照れて出来ない、といった感じでした。

けれど夢の中では、あろうことか、ニッコリしながら母が私の手を取ったのです。現実では、絶対にあり得ないこと。「ウワー、そんな恥ずかしいこと、今更できない!」と、夢の中で一瞬ちゅうちょしたのですが、次の瞬間、その掌の温かさにホッとして、「ああ、あたたかい!これが大切だったんだ!」と悟ったところで目が覚めました。

これからは、恥ずかしい、という心の枠をはずし、もっと自由に母と触れ合えそうな気がしました。家族として出会ったのだから、もっと自然に触れ合って良いのだ、とつくづく感じました。母も自然な触れ合いを望んでいたように思えました。

そして最後の3についてですが、これはとても深い内容でした。夢の中で、私は父に「お父さん!どうしてこの世に誕生したのか、何の為に生きているのか、判っているの?」と詰め寄っていました。どうやらその夢の中では、父が私達家族に不義を働いたようです。実際、多少ダブるところもありましたが…。

すると、ブルーのベビー服を着た父が、とても悲しそうに顔をクシャクシャにして、「判らないんだ!どうして生まれてきたのか、何をしたらいいのか判らないんだ。教えて!」と言うのです。怒った私が、「そんなこと自分で体験して学んで、得ていくことでしか答えはみつからないのよ。自分でしかわからないの!体験するのよ!」と、心で叫び、父に伝えていました。そこで夢は覚めました。

私は、考えました。実は、あるチャネラーの方とご縁を持ち、「お父さん、早く生まれたがっていますね」と、昨年教えられていたのです。だから余計に、父は今、どんな学びを得たいのだろう?と、知りたかったのです。その疑問と自分の夢をあわせ考えた時、ある答えが導き出されました。何の為に生きるのか、何を学ばなくてはならないのか。それは、その当事者のみが知ればよいことであって、たとえ家族といえども、クビを突っ込み考えるべきことではない。私達は、自分を全うするため、自分を完成させることにのみ関心を持てば良いのであって、それ以外は余計なこと。学ぶ必要のあることは、一人一人違う。そして、自分に必要な学びを一つずつ会得していった先に、周りの人が何を必要としているのかわかる。自分が少しずつ完成していった先に、今度は、完全になるために必要なことは何なのか自ずと判るようになる。

それまで、関心を持つべきは、自分が学ぶべきことについでであり、自分自身を完全にするために最善の努力をすることこそが今、一番必要なことなのではないだろうか?ということです。親、兄弟であっても、「この人の存在意味は何?」といちいち考えることではなく、すべては「自分にとって、どんな学びの為か」に集中すればよいことだと判りました。

父の死を、私は父の立場でどうだったのだろう?と、常々考えてきました。でも、それは不必要なことだと判りました。私が夢の中で叫んでいたことは、そっくりそのまま自分への答えだったのです。「どうして私、生まれてきたのだろう?」少し辛いことがあると、今でもその問いかけをします。

なかなか見つからない答えに、焦る気持ちもあるのです。そのくせ、腑に落ちない人、起こる出来事に対して、「この人、何の意味があって存在しているのだろう?」「この出来事は、社会に対してどんな意味があるのだろう?」などと、自分を第三者に見立てて考えていました。けれど、それは間違いでした。

全ては、「自分がそこから学ぶべきことは、何か?」ということだったのですね。毎日の沢山の夢から得られた、大きなヒント。まだまだ、沢山の答えがある筈ですが、この2ヶ月半の私の夢は、どれも虚しさを感じるものでなく、とても意味深く、温かい示唆に富んでいて、愛を感じるものばかりでした。夢というカタチで、目に見えない魂という世界を見せて教えてくれている、何者かの大きな力、計らいを感じます。本当に眠るのが楽しみなのです。

夢の中の実感がとてもリアルで、起きている時の現実よりも、より真実を物語ってくれているようです。だからこそ、生きている日々を意味ある大切な時間と自覚し、もっともっと、思う存分に、しがらみをはずして無邪気に素直に生きていきたい、と願い始めました。まさにリアリティ・トランサーフィン!「ソウル・フリーダム」のDVDが私に与えてくれているのは、自由な魂の喜びなのかな、と感じています。「魂の世界では、こんな風につながっているんだよ。君は一人ぽっちじゃないんだよ!」と教えてくれているような気がします。

「ユースニング」に関しては、後日お知らせさせて下さい。本当に、有難うございます。

…コメントbyほおじろえいいち…

とても質の高い体験談だと思います。まさに「ソウル・フリーダム」の効能がはっきりと表われたものでしょう。このDVDのエネルギーの助けによって、S・Tさんのような心境が得られると、そこから魂がさらに成長して、思いもかけないような素晴らしい体験(いわゆる至高体験など)をすることがあるでしょう。スピリチュアルな質が深まり、さらに向上していくのです。それを言葉で表現するのは難しくなりますが、その意味でこのDVDは超スピリチュアルなものといえるのかもしれません。またS・Tさんは夢によっていろいろな学びを得られるようになったので、その能力をさらに発展させられるとよいかもしれませんね

【その4】 2010/7/20 火曜日

☆初めての瞑想から得たかけがえのない宝もの

今日は、今年の1月、自分の誕生日プレゼントとして購入した「ソウル・フリーダム」「ユースニング」そして、初期から使用しております「キングダム・オブ・ハピネス」および2枚目に購入した「クリスタル・メディテーション」についての体験をお伝えしたいと思います。

★彼女の周囲がキラキラと金色の粒で覆われて…

昨年の秋に起こった出来事です(DVDでは「キングダム~」、および「クリスタル~」です)。私は仕事中に、突然金色の世界に包まれました。それは不思議な出来事で、「金色の雨のような空気の粒を目の前一杯に感じ(私の目に確かに見て)、私を取り囲む職場の部屋全体が金色に輝いていた」という感覚に襲われました。

当時、私は職場の同性の後輩について悩んでおり、悪い人ではないけれど、意思疎通の叶わない彼女に対してどう接して良いのか焦りを感じていました。もちろん「私にはヒーリングDVDがあるから大丈夫!」とは思っておりましたが、「さて、このせっかくのDVDを使って何をしたら良いのか?」という状態でした。

そこで、「試したことはないけれど、目をつぶって瞑想でもしよう。せめて、心を落ち着かせて自分を深く見つめてみよう」と思い、毎日目を閉じて自分自身に彼女との関係の癒し方を問いかけておりました。

すると初日から答えらしき思いが自分の心に浮かび、「だれだって曇った目で見られたら辛い。私も彼女も不完全な人間なんだ。だからお互いに助け合うことが必要。私も不完全だということを常に自覚して他者に接する必要がある」など、とても気持ちがラクになる洞察を得ていました。

その思いで彼女と接すると、私の心からトゲが消え、すべては自分の成長のためでもあると思えて、彼女の言動がどうであれ、常に楽しんで会話できるようになりました。その瞑想の2日目だったと思います。金の粒事件は。

その時、職場に彼女ともう一人のスタッフがおりました。接客の場での仕事でしたので、お客様が入店された時でした。「いらっしゃいませ」という彼女の声に気付き、来客を確認しようと振り向いた私の目に飛び込んできた光景は、本当に夢のような状況だったのです。

彼女の周囲がキラキラと金色の粒で覆われ、とても美しい景色でした。目を凝らすと、店内は普通の色のようでしたが、カウンターよりこちら側がすべて金の空気の中にあるのです。彼女自身が金色の空気に取り囲まれていて最も輝いて見えましたが、もう一人のスタッフも、そして職場の机も物も何もかもが、金色の粒の中で光彩を放っていました。

ボー然とする私の目の前で、確かに「すべてが金色なんだ!」という自覚が生まれました。

「ああ、そうか。本当はみんな輝いている存在だったんだ。私の心の目が曇っていたから、相手が曇った存在に見えていただけで、本当はみんなこんなに美しい存在なんだ!」と、私は叫びだしたいほどにジーンと感じていました。

特に彼女が一番美しく輝いて見えた! その事実は、私の心に言いがたい感動を与えました。1分程続いたでしょうか、その金の粒状態が。一方、私の身体はとても軽くて、動きながら、自分が空中を舞っているのではないか(?)と思えるほどでした。

後から考えると、それはハイアーセルフからの、または守護者からのプレゼントだったのではないか。と思えました。「そう。すべてはこんなに美しいのです。あなたはその事実を決して忘れてはいけない。自分の心を、いつも澄み切った状態にしておきなさい」という教えをくれたのではないか。と思えました。

その後の私は、いつも「どんな人にも守護者が(神も)ついている。私を鍛えるために、そして、私がどこまで澄んだ状態でいるか試そうとする為に、嫌な人を演じて私の目の前に現れる」と思えて、「人を見たら泥棒と思え」ならぬ「人を見たら、輝く存在と思え。人を見たら神と思え」のような心理状態になりました!

少なくとも現実的には、どんな人にもその人を愛する両親、家族がいる訳で、その愛に包まれている人を敵視するということは、その人の両親や家族までも敵に回すということになります。その人をののしる時、その人の両親や家族を前にしてでも言葉を吐けるかどうか、考える必要があると思うようになりました。

ののしるまで行かなくても、ある人に悪意を抱きそうになった時はやはり同様に考えるようになりました。「そうだ。こんな嫌な?人にも、深い愛情を寄せる人間がいるんだ。私自身がこの人の両親になった気持ちで接してみよう!」と努めるようになりました。

すると「そう。この子はちょっとわがままで意地っ張りだけど、根は悪い子じゃないの。だから、許してあげてね」という声が、心の中で響いたりするようになりました。もちろん私の心で勝手に思い込んでいる。そんな状態です。けれど、その思い込みの方が、はるかに自分をラクにしてくれました。

憎む、ののしる、悪感情を抱くよりラクなんですね。そして「そうそう。これも自分を鍛えるためのテスト。どこまで自分があの輝きを信じきれるかどうか、実践編!」というスリル感覚です。私の守護者とゲームをして楽しむ毎日(?!) そんな感じです。

★これがあの「絶対的幸福感」というものかも

次にお伝えしたいのは、今年2月の出来事です。時期的に手元の全てのDVD使用後です。それもまた、職場で起こりました。来店客があり、お客様のご要望の商品を準備する為に集中している時でした。

身体が透明になり、机を突き抜けている感覚を味わいました。「エッ?」と思った瞬間、「これは魂が身体から抜け出ている状態?」と感じました。感覚的に机も壁も突き抜けている(と、肉体のある自分Aが感じている)。目に見えているのは、ちゃんと商品を準備している自分A(少し上から肉体の自分を見ている、もう一人の自分B)。

Aの私は、身体がとても軽くて、空中をただよっているような感覚。透明人間にでもなったようなAの自分。見下ろすBの自分に感情はない様子。ただ、その軽さを楽しんでいる感じ。

「ずっと、ず~っとこの感覚が続いてほしい!」と思った途端、肉体の自分に透明人間の私がスーッと吸い込まれて行き、合体(?!)時間にすると、わずか数十秒だったと思えます。

その間、私を見ていたお客様もスタッフも、全く驚く様子がなかったので、自分にしか見えない時間と空間だったのでしょう。自分の目は、確かに肉体と透明体の両方を同時に見ることが出来、そのどちらの感覚も味わうことが出来た。その点では、私は第三の存在を同時に持っていたのでしょうか? よく夢の中でおこる現象です。映画を見ているもう一人の自分がいる。そんな印象です。

いずれにせよ、透明人間だったときの自分の身の軽さといったら、本当に「鳥にでもなったかのよう」という感じでした。そしてとても心がウキウキして、同時に心臓がドキドキして、「ああ。私は幸福だ!」と、叫びだしたい思いでした。

「これが、ほおじろさんのおっしゃっていた至福体験?」と瞬間的に感じていました。実はそれまでの私には、お教えいただいていた至福体験の意味が、正直よく判っておりませんでした。「そんな思いも、あってしかるべき。うん、きっとあるはず」とは信じておりました。が、実際に体験したことがない。または、体験していたけれど、すっかり忘れて思い出せずにいた。というような自分でした。

そんな中での出来事に、私はどう解釈したら良いのか判らず、しばらく現実と幻を頭の中で必死に組み立てようとしておりました。けれどどう冷静に思い出そうとしても、その時に見たもの、感じたことにウソも大げさもなく、本当に事実だったのです。

「金の雨事件(笑)」との一致点をかろうじて探してみると、どちらも仕事に没頭していて余計な事を考えていなかった、ということです。脳波の状態がとてもよく、いわゆる「瞑想状態」にあったのではないかと思えました。そしてこの体験で得た「絶対的な幸福感」というものは、私の宝物になりました。体感できたその感覚を大切に育みたい。という理由からです。

1月から使い始めた2枚のDVDによって新たな境地を開拓したように感じていた私への、守護者からのさらなるプレゼントのように思えたからでもあります。肉体を抜け出した透明人間状態の時の自分の幸福感は、本来の魂の感覚ではなかったのか?と感じました。

重い重い肉体を脱ぎ捨ててみると、本当の魂の感覚がわかる。というような話は、臨死体験をされた方々の体験談から察しておりました。それを実際に自分が体感できる機会を得られて、本当にありがたい。と思いました。居られるだけで嬉しい♪ その思いを忘れないで! そんなメッセージを守護者からプレゼントされたように感じています。

★DVD画面の中に黒い存在達が飲み込まれて行った

三つ目は、一ヶ月ほど前に起こった出来事です。今年の1月以降、私は帰宅してすぐ「ユースニング」を、就寝時には「ソウル・フリーダム」を流している毎日でした。そんなある晩の出来事です。私は子供の時以来経験したことのない金縛りにあいました。DVDの画面に背を向けて寝ていた私の肩を、グイッと黒い複数の存在に掴まれ(心の目でそう感じました)、どこかへ連れて行かれそうになっていました。

このままでは引きずり出されて、自分の身が危ない(命の危険を感じた瞬間でした)! 何とか目を覚まして、正常な状態に自分を戻さなくては!と、必死にもがくようにしていた私の目に(あるいは心の目に)、まるで稲光のように突然ピカッと光るものが見え、次にその光が渦巻いている様子が見えました。

光は、隣でPCから発していたDVD画面と連動するかのように渦がどんどん大きくなり、やがてDVD画面の中に黒い存在達が飲み込まれて行ったのです。一瞬の出来事に私のドキドキは収まらず、今何が起こったのか、解釈が間にあいませんでした。

後でわかったことの一つに、「スピリチュアルな学びで自分のエネルギー体が光り輝く存在になる時に、街灯に虫が寄ってくるごとく、黒い存在達が寄ってくる事がある。だから本格的にスピリチュアルな学びを深めようとするなら、まずプロテクション(守り)をしっかり行うことが肝要である」ということでした。

実は私は、2ヶ月ほど前から本格的に将来に向けてスピリチュアルな勉強をしていたのです。技術的に様々な方法を学びつつ、魂の向上も怠ることなく続けようと励んでいる最中の出来事でした。

1ヶ月前は、まだプロテクション方法を学んでおらず、無防備な状態だったのです。ところが、ヒーリングDVDのおかげで魂の向上が思いのほか早く、スピリチュアルな学びのスピードがスムースな為でしょうか。早い段階で、黒い存在に目をつけられたようでした。

そんな私の心身を守ってくれていたのが、光とDVDだったのです。忽然と現れた一条の光が、グルグルと旋回し始めて黒い存在を巻き込み、やがて画面の中に吸収されていった。それがウソ、偽りのない出来事の一部始終です。実際に見た。というより、心の目が見た。と言ったほうが、正確だと感じます。

夢かもしれません。でも、三歩譲って「夢だった」としても、私の感じた安心感はホンモノです。DVDが救ってくれた! その思いです。私には常に見守ってくれている存在がある! このDVDは単なるヒーリング・グッズではない。何か大きな強いエネルギーが封じ込められている。その思いを強く抱きました。

★「クリスタル・メディテーション」で異常なまでの集中感

実は上記のような体験を、スピリチュアルな学びの師に最近伝えたところ(DVDのことは何も話しておりません)、「うーん。今までの教えで、そんな深い体験をすることは考えられないし、今までも聞いたことがないんだけど…」と、まずおっしゃいました。

その時にもまた、私は心の中で「DVDのおかげだ!」と、深く納得しておりました。余談ですが、「クリスタル・メディテーション」を流していると、異常なまでの集中力を発揮できます。スピリチュアルな学びを得る時間に、必ず流しております。これも師にお褒めいただけた理由の一つだと自負しております。

★肌に現れた「ユースニング」効果ににんまり

そして最後は、とても嬉しい「ユースニング」体験記です。約半年使い続けて、自覚はしておりましたが、実際何度も他人に言われる言葉があります。「肌、キレイね!」 それも、一人二人ではなく、会う人ごとに、しかも嬉しいことに同性に褒められるのです。

一ヶ月前に職場を変えてから、本当に大げさでなく、会う女性がほとんどおっしゃってくださるのです。「ユースニング」を使う前は、15年間続いたニキビの後遺症肌で、とても人様に褒めていただけるような状態ではありませんでした。ニキビは治っていたものの、毛穴の開きで凹凸のある硬い肌感、脂性肌でギラギラしている鼻周り、ニキビ跡の黒ずみ。密かに悩んでおりました。そんな自分に、一人また一人と肌を褒めて下さる人が現われ、中にはわざわざ私の肌を覗き込んでまで、感嘆の声を上げる方まで出始めました。

これには当の本人もビックリ。本当に嬉しいびっくり体験です! どうやら「ユースニング」効果は、私には肌に現われたようです。ですが、「肌がキレイということは、内臓もキレイ」という肌美人の鉄則(?)がありますので、「きっと内臓もキレイなんだ!」と思い込んでおります。どちらにせよ、毎日、ニンマリの生活です。

他者に厳しい同性の目にも、ちゃんと「キレイな肌」と感じて頂けているという事実は、素敵です。とても嬉しいです。ホンモノの証拠ですよね。

以上が今回の体験記です。自分自身に誓って、ウソ、偽りはございません。何にも増して日々の生活にゆとりと楽しみが出来ました。今後、どんな自分になれるのか? どんな体験が出来るのか? 自分自身が一番楽しみにしております。素晴らしいDVDを、本当にありがとうございます。

【その5】 (2011. 4. 23)

  2010年7月20日に超スピブロで「金の雨事件(笑)」など、掲載して頂いた者です。

自分の体験を文字として残すということは、本当に大切なことなんですね。

文字になった、その体験記によってさらに、自分に眠っている潜在能力がどんどん開花されていくように感じています。

何となく自分のガイド(見えない世界の守護者達)が、「よしよし、そんな細かいことまで気付いてくれたか。ならば次はこんな事も試してごらんなさい」というように、お膳立てをしてくれているようにも感じるこの頃です。

覚えている夢が増えた。これは、松果体が活性化されているからのように思えます。「第三の目」が開き始めている!?ただし、いきなり日常生活の中で「見えない世界」が見えるようになっても、自分自身がパニックを起こすから、夢から徐々に鍛えてもらっている?

そんなトレーニング状態なのかなー。と、最近は感じています。

先日休みの日に「今後の生き方を考えてみよう」、と思い始めた途端、人物画のスケッチようなイメージ(マンガの少女のような感じ)が心に浮かびました。

風に、体と長い髪をゆだねながら、はだしで草原を歩く若い女性が、手にツララのようなものを持っている。

心でよくよく観察すると、ツララみたいに冷たくはない。どうやら水晶の様子。その先の尖った水晶を手にした女性は、石や土にあててエネルギーを調べている?または、チャージしている。その女性は、人に対しても水晶を使ってヒーリングしている。皆、とても嬉しそうな様子。でも、当の彼女には、感情がない。

冷たいのではなく、すべてを理解している為に感じる必要がなく、ただ風のように、空気のように存在している。

そして思う。「感情ってどんなものだっけ?」

喜びも悲しみも、思い出したい。感情を超越した存在としての自分から抜け出して、ちゃんと人間としての感情を持ちたい、知りたい!

・・・ と、そこまでが一瞬の内に浮かびました。

これは、自分の過去だったのかもしれない。そう思いました。

このところ、私は「感情」について考えていました。

どれも否定するべきではない。すべては生きているから味わえる。感情こそが生きている、なまみの存在の証。マイナスと思える感情が沸き起こったら、まずは生きていることを喜ぼう!そうして味わってから、徐々に対処していこう。

と、そんな風に思い始めていたのです。

スピリチュアルに目覚め始めた頃、負の感情(悲しみ、ねたみ、憎悪など)に対して、何とか好転させる考え方にするよう努力しよう!としていました。

そして、出来る限りマイナス要因を排除しようと、理性でプラス要因に転換してきました。

でもねー。生きている限り、イヤーな気持ちになったり、怒りがこみ上げてくることもあるでしょう?私は神様じゃないんだから!

 

と、ある日思いました。 要は、感情を押し込めたり、捻じ曲げたりすることじゃなく、自分を知る材料だと思って、その都度自分に問いかけることが大切ではないか。

なぜ自分は怒っているのか?・・・ そうか。不正がキライなんだな。自分は思っていたより正義感が強いのかもしれない。それ故、周りの人にもキツイ言葉を投げていたのか!

これは、最近悟ったことです!(恥) そんな風に、沸き起こる感情に素直に従い、内省してみる。・・・ と、今まで抱えていた疑問が解けていくことも多くなりました。

そしてまた、こんな気づきもありました。

メールしても返事がないと、ついつい気になる。それは何故?

まるで自分の存在が無視されているようで、寂しいから。自分の価値を認めてもらっていないようで、辛い。

<心の中で対話が始まります>

質問

それは、相手に自分の存在価値を認めてもらえないから、ということでしょ?相手の価値観で自分の気持ちが右往左往するのって、自主的に生きてるって言えるのかな?相手次第で自分の幸福度が変わるのって、人生の手綱を自分で握っていない証拠じゃないの?

答え

そうか!それもそうだね。相手がどう思おうと関係なかったな。自分の価値は、自分で決めてあげないといけないもんね。しまった!わかっていた筈なのに、やってしまった。

そうだそうだ。考えてみたら、メールだって手紙だって、出す相手がいることが有難いんだよね。

気遣う相手がいるって、嬉しいよね。孤独じゃない証拠だよね。

メールのシステムにも、郵政省にも感謝感謝なのよね。あー、忘れてた! もう、返事を気にすることなく生活できる!(笑) ・・・ と、こんな感じでした!

便りを待つ身の孤独感 転じて 気遣う存在がいてくれる、ありがたさ。 覚醒夢のようなシーンは、そんなこんなで、自分の感情と真正面から取り組む私への、励ましのメッセージだった? そんな印象も持ちました。

考えてみれば、神様ってすべてを理解している存在だとして、すべては愛で表現できるらしいけど、完璧ということは退屈かも? と、人間としての私は感じ始めているところです。(笑)

それは、あの女性のイメージからも伝わってきました。 「早くあの世に行って、いろんな謎を解決したいなー」と、思わないでもない自分に、ガイドが現世での楽しみ方を教えてくれたようにも感じました。 そして潜在能力といえば、夢を覚えているようになって気付いたもう一つのことは、ハートチャクラが開いてきた。ということです。

夢は頭ではなく、心で感じている。 夢を思い出そうとする時、心の状態を思い出し感じると、フラッシュバックしやすいのです。 頭でいくら思い出そうとしても限界があるのですが、「どんな気持ちだっけ?」と視点を変えると、スッと思い出せるのです。

あ~、嬉しかったなー。悲しかった。妙に懐かしい夢だったな。 などと、ジーンとくるものに思いを馳せると、映像が浮かんできます。

知 より ハートが、出来るようになってきた証かもしれません。 ハートで相手の魂・エネルギー状態をキャッチする。・・・ 感じることに重きを置くことで、より直観力が冴え、幸運をつかめるようになりそうで嬉しいです!

現在は、キングダム~、クリスタル・メディターション、ユースニング、ソウル・フリーダム、ムーンナイト・ライダーを使用中です。

一つ検証してみたいことがあります。これは、質問でもあるのですが・・・。

キングダム~ によって、先祖も喜んでいるのでしょうか? というのは、ある日の夢の中で、私の他界した身内全員(私の認識している限り)と、会ったことのない祖父の兄弟(夢の中で、そう確信していました)が現われ(総勢10名位)、とてもニコニコと私に笑いかけてくれました。

超ウレシイ!という顔顔顔・・・。

皆の顔がズ~ンとズームになって大写し。全員がともかく笑顔。コタツに丸くなって座って、私の用意する料理を待ち望んでいる。 という状況夢でした。

目覚めた私は、「みんな喜んでくれている!」と感じました。

先祖や身内など、今生で縁あって出会った魂にも、DVDのカルマ解消は役立っている? という疑問、直感・・・でしょうか。

ちょっとビックリした夢でした。が、考えてみれば、当然かもしれませんね。自分は単独で存在している訳ではなく、必要ないろんな魂との出会いがあって、今ここに居る。

過去か(あるいは時間軸のない世界なので、未来)に縁のある魂にとっても、私のカルマが因縁だったこともあるでしょう。何かに囚われていた、その念のようなものが救済された。

私という一つの魂が救われることで、他の魂にも良い影響を及ぼす。見えないあの世にも、それが当てはまる。 そんな確信めいたことを感じている、この頃です。

考えてみれば、「あの世とこの世は映し鏡の関係」なのだから、3次元で感じている効果は、4(またはそれ以上の)次元でも十分にある筈。 とすれば、世間体だけの心のない形式だけの先祖供養をするよりも、このDVDを使った方が、実質的な供養になるんじゃないか? とも思えてきた訳です。

スピリチュアルな意味で「先祖」というのと、この世的な先祖は、ちょっと違うかもしれません。 スピリチュアルには、いわゆるソウル・メイトなど、魂の仲間が縁者。肉体的な血筋というのとは少し違う。 という考え方もありますが、どんな理論で割り切ろうとも、「自分に縁のあるすべての存在」と解釈すれば、 「存在するすべて」 と、広い意味で、なるのでしょう。

一人の浄化が、最も近しい人に影響を与え、その影響がさらに次に・・・と、一波が万波を呼ぶ。 そんな状況を、無理なく作り出して行ける。

思い込み、観念などで、自分に制限をつけてしまっているのが人間。そんな制限をクリアに出来る。3次元にあっては生き易くなり、他の次元にとっては、より光に近いエネルギー体になれる。

もしかして、これは、人類&エネルギー体浄化DVDでもある!? このDVDには、思いもかけない働きがあったのですね・・・。 自分だけの喜びではなく、周囲の見えない存在をも癒していた! この発見は、とても大きな喜びを私に与えてくれました。 ありがたいことです。 今日は、どうしてもそのお礼をお伝えしたくてメールしました。

3次元を使って社会に貢献し、幸せに生きる。 多次元に移行したら、3次元世界の、この体験を使ってもっと様々な働きが出来る?! (あの世でも、働いているほうが楽しいように思うので。) そんなことを考えながら、最近は過ごしています。

それにしても・・・使用したDVDすべてについて言えるのですが、10cm段差の階段を日々のぼっている感覚です。無理なく自然で、気付いたら「こんな高みにのぼってたんだ!」と驚きつつ、また、黙々と階段を昇り続ける。 それ位、周囲の変化も少しずつで、自分の心の成長とのギャップに違和感が無いのです。

ある日突然、なんだか凄い自分に変化して、周囲もガラリと変わってた。などという事態が起こったら、恐ろしくて使い続けることが出来なかったと思います。 けれどこれらのDVDは、細胞に、DNAに沁み入るように徐々に徐々に。という行程なので、「こんな高みに!」という状態になるまで、自身では変化の凄さに気づきにくいのですね。

ある程度、変化という現象が蓄えられるまで、「なんだかなー。このまま使っていて、大丈夫?」状態。 コップの水があふれるようになって、初めて気付きが起こる。 使用当初の私がそうでした(泣)。皆さんの体験談を繰り返し読み、「何か起こって!」と祈る日々。

そうしてしばらく使用し、気付けば涙涙の連続の日々でした。あんなに毎日泣いたのは、父の余命宣告を聞いて以来の出来事。40代のいい年の自分がなぜ~?という程。 それから数年。そうして今に至っています。

人間ですから、「何が起こっても大丈夫。」とはいきませんが、よい意味で、ある種「覚悟」がつきました。強さで、柔軟さでしょうか。 自分は強いし弱い。自分は優しいし冷たい。様々な面を持っているから、まっ、出来るだけさらけ出して生きていこう。 同じ波長どうし引き合うのだから、そんな自分に合う人とつながれるでしょう。無理は、出来る限りしないようにしましょう。 そんな自由さを、自分に許してあげる。わがままと違う、責任を伴った制限撤去。 それが自分にとって、魂の自由な旅なのでしょう。少なくとも、今はそう感じています。

来年はどんなことを感じているのか。また楽しみです。これも日々のDVDエネルギーの賜物です(笑) 本当に有難うございます。

【その6】  (2011. 5. 7)

先日見た夢のお話です。 以前勤務していた会社の、男性上司が私に微笑んで手を差し出してくれていました。その笑顔と優しい表情がズームのように大写しで見え、しかも、まるでダンスに誘うかのような包容力のある手の差し出し方。 とっさに、「私がそんなに愛されるはずがない。これは何かの間違い。もしここで私が調子づいて誘いに乗ったら、即座に手を離されて嘲笑されるに決まってる!」 と固く思い込み、差し出されて手を強く跳ね除けました。 ・・・ その自分のあまりの強い衝撃で体が傾き、途端に私は階段の下まで転げ落ちました。 そこでパッと目がさめました。

切なさで、心臓がギュッと締め付けられる思いで一杯になりました。 登場したその上司は、かつては尊敬していたのですが、何年か経つ内に様々な行き違いが元で、顔を見るのも苦痛になった存在でした。会社を辞めてからも、「一体私に何を学ばせようとして出会ったのか?」と、ずっと問いかけていました。 (特別な関係、とかでは、全くありません。仕事上の頼れる上司でした) その答えが与えられたのです。

目覚めた私が即座に思ったこと。 それは、「自分が愛を受け入れることを怖れて、拒絶していた」ということでした。 他人に大事にされたいくせに、素直になれない。愛されている素振りをされたら、「自分にそんな価値はない。だから放っておいて!」と、突き放す。

「どうせ、そんな愛情すぐ褪せるはず。捨てられるくらいなら、最初からあてにはしない。」 「信じて裏切られたら、ぶざまで辛いだけ。そんなみっともない自分をさらけ出して生きるなんて絶対にできない。したくない」 ・・・ そんな自分の心の声が、はっきりと聞き取れました。 「ああ、私は愛を受け入れる許可を、自分に与えていなかったんだ!」 気付いた瞬間、体中に生えていたコケが、ザザ~ッと洗い落とされた気がしました。 ギフトを受け入れる準備が、自分には全く出来ていなかった! ・・・ そういうことだったのです。

「もらったら返さなくちゃ!」 そういえば、幼少の頃から、妙にこだわっていました。 無償の愛なんて、親以外ありえない! そんな思いに囚われていました。 でも、夢の中の上司は、「あり得ない」程の優しいまなざし・表情で私を見てくれた。それは、無償の愛のあらわれだった。

その手を、私は恐怖心からバシッとはねつけた。結果、階段からころげ落ちた。 ・・・ 当然じゃない?! 自分が拒んだ結果、落っこちた。落っこちた瞬間私は、「あの手を信じれば良かったんだ!」 と、覚醒した。 そう。覚醒したのです。

夢から覚めて夢の状況・心情をつぶさに思い出し、過去の体験と対比させてみた時、「すべて自分の心が作り出していたことが現実に起こっていた」と、判りました。 現実世界では、上司との関係は私が辞めるまで修復することはなく、「私はとても嫌われている」と自覚していました。そしてまた、私自身も様々な出来事を思い出し、当時の苦しさを解放することが出来ませんでした。 そんな中で見た、この夢は、私の人生感を覆すものとなりました。

元々、とても尊敬する人だった。仕事が出来て無邪気に笑う、大好きな存在だった。部下のことを心から気にかけてくれて、本当に私達は幸せだった。 ・・・ いろんな思いが押し寄せてきました。

会社が大きくなるにつれ周囲の環境変化によって、人間関係もずいぶん変わった。あんなに近かった人が、一気に雲上人になってしまった。私の悪口を吹き込む人が近くにいて(エナジーバンパイア)、上司との仲は決定的なものになってしまった。

でも、それが現実世界だったとしても、実は表層的なことに過ぎなかった。 深層(真相)は、私自身の心に巣食う「自信のなさからくる、自分自身への過少評価の現実化」だった。

自分は他人に好かれるはずがない。一時的に好かれたとしても、長続きできる自信はない。どうやって未来の愛を信じたらいいのか、わからない。 どんなに仲良くしてくれても、人はいつか必ず離れて行く。どうせ人間は、一人で生きるもの。 だったら最初から、騙すの騙されたのと騒ぐ必要のない人間関係で人生を渡って行けばいい。傷つく自分を哀れむ、愚かな人生は送りたくない。アホみたい。

颯爽とカッコ良く人生を歩みたい。ドロドロした人間関係なんて、私には要らない。 ・・・ 現実的に、そうやって生きてきた自分がいました。 でも、そのクールな装いは、結局「逃げ」にすぎなかった。

無償の愛というものに対しての不信感、怖れ。苦しむ自分を体験したくない為の、事前防御。 体当たりで愛を確かめることへの恐怖感。 自分に欠けていたのは、その体当たりの精神だった。傷つくかどうかは、やってみないと判らない。

傷つくこと自体、自分を悲劇のヒロインに仕立てて内心「かわいそうぶっている」証拠。ダイヤモンドのように傷つかない自分を選択していれば、恐れる必要も無い。傷つきたければ傷つけばいい。でも、「自分を傷つけるものは、どこにも存在しない。傷ついたと思う自分がいるだけ」 ・・・辛さ、苦しさを事前に排除して生きて行きたい。心理的にラクになる方法として、いつしか私は鎧で全身を覆い隠すようになっていたのです。

また、みっともない自分を人目にさらすことを怖れているのは、そんな状況の他者を「みっともない!」と否定して生きているから。それも自覚できました。

あ~、何て愚かだったんだろう!! 気付いた途端、 『欲しいものは欲しいと、言ったほうが勝ち♪』(ユーミンの歌詞) ・・・本当に歌の文句の通りだ!そんな正直な生き方をしよう! と決めました。

魂の声はエゴがなくて、正直。 自分がだれかに大切にされたいと思ったら、そう伝えてみよう。 失うかもしれないものを怖れるより、まずは、今、手にできるものを信じてゲットしよう。 失ったら、その時考えればいい。 ・・・ 私にとって、衝撃的すぎたその夢は、何日たっても気付きが多いものとなりました。

じゃ正直って何? ── それは、まっすぐな心。人に対して見栄を張ったりしないで、本当に心が求めるものを得ようと努力すること。 そんな思いに至る今日この頃です。大きな気付きを得ました。

そしてそれは、職業選択についても対人関係についても、あてはまることでした。 見得を張って職業を選択しない。→(他人の価値観で大切なことを決めない) 嫌なくせにニコニコして良好な関係を保とうとしない。→(必要なら、キチッと伝える) 伏線に愛情があれば、正直に振舞ってもだれかを傷つけることは少ないはず。 ストレートすぎて周囲に波紋を投げる人もいるけど、良い言霊で表現しようと努めれば、誤解は減るはず。 ・・・転ばぬ先の杖。それが思いやり。 正直は美徳、と自画自賛してもだれかを傷つけたら意味がない。 心の成長を求めるのだったら、そうならないための予防線を張ろう。 それが表現方法の工夫であり、根底に思いやり・他者への尊厳があることだと気づきました。 そこまで考え至って、ようやく私は過去を解放できました。

1 かつての男性上司が登場してくれたのは、特に男性への愛情表現を学ばせるため。(夢のシンボライズには必ず意味がある)

2 現実ではクールだった人が、まるで肉親のようにこの上もない笑顔で登場してくれたのは、どんな仮面(顔)の下にも無償の愛があることを信じさせてくれるため。

3 はねのけた私の手は、未来を怖れて否定し続けていた心を表すため。 そこから学んだのは、

1 愛をあらわすことをみっともないとか恥ずかしいとか思わず、心から表現する。欲しいと思ったら迷わず努力する。

2 人の表面に惑わされず、心の奥の奥にある魂の輝き、愛を信じる。

3 過去も未来も幻。最も大切な今にフォーカスして今を信じ、しっかりと手を広げて受け取る。

そんなことでした。

自分に足りなかったこと。それは、「受け取る心」でした。 「自分ごときが、そんな・・・もったいない、とんでもない、恐れ多い、恥ずかしい!」 それは謙虚に見えて、実は自分を信頼していない、自己否定でした。今の自分を否定することで、未来の自分も否定し、結果、受け取れるはずのギフトをつっけんどんにつき返していた。 ・・・欲しかったものが、手に入らないはずです(泣)。

愛を信じられないのではなく、愛の存在を忘れていたのです。とんでもないことでした! だからこそ、現実生活の中で、学びを実践に移す日々が大切です。今の私にとって。毎日が道場。

知覚したから即出来る、という訳にもいかず、試行錯誤の繰り返しですが、 「それでも生きながらにして悟れた!」 ・・・ そんな喜びがあります!

では、どのDVDで見た夢なのか?と考えてみましたが、はっきりと判りません。 日によってDVDは変えています。知識として選んでいる訳ではなく、「今はコレ見たい!」という感覚で選んでいます。なので、「スピリチュアル体験処方箋には、このDVD」という感じではなく、使ったすべてが自分にとって必要だった、と思えます。

「必要な時に必要な夢(現実・体験・気付き)が与えられる」と感じているので、夢を覚えていない日も、焦りはありません。 むしろ、現実生活の中でスピリチュアル体験と符合する出来事が多くあり、楽しんでいます。「多次元と3次元との架け橋的な夢の存在」と同様に、日常生活の様々なシーンでも、見えない世界の存在を認識しやすくなりました。

例えば何か気になる出来事があって、数日間は心がモヤモヤしていても、ある朝目覚めて突然、「アッ、もう解決する(解決した)!」と判るようにもなりました。 (実際、問題はその前日に解決していました。)

心が晴れる!というのが、どんな状態か体感できるようになったので、状況をハートでキャッチできたのだと思います。

以前、「ハートが開くってどういうこと?」と思っていましたが、今自分が感じているのは、「そのスッキリ感があるかどうか」「想像してニヤケルことができるかどうか」が判る。・・・そんな指針です。

最近、その感度がアップしていることは事実です。以前はエゴがフィルターをかけていて、はっきりと自覚するところまでいかなかった。でも、今は心のスッキリ感がわかる。

自分自身が、心の気象予報士になっている。 そんな感覚です。そして、「これをハートが開いてきた」と言うんじゃないのか?と思っています。

スピリチュアルな体験は、それ自体に意味があるのではなく、日常生活に、そのスピリチュアル体験で得た気付きを生かすことによって、魂が喜ぶ。生きにくく感じていた現実生活が、知覚の拡大によって、実は自分が作り出していたものだと判った。そこで、こう工夫してみたら、実生活はこんな風に変化してきた。この先に何があるのか、とことんまで見てみたい、体験してみたい。よしっ。かすかな変化だけど見逃さず、日々送っていくぞ! ・・・と、そんなふうに、DVD(エネルギー)と仲良くしています。

あくまでも、今のこの生活を大事にするが故に必要なエネルギーフード。受け身的な依存心ではなく、もっと積極的な意味合い。自分の好きな本によって得た情報で、日常生活をより楽しめるのと同じで、縁あって出会ったエネルギーによって、細胞の一つ一つにまで行き渡る情報を使って、3次元での生活に意味を見出す。

それらが私の実感です。

そして、それぞれのDVDのエネルギーの質の違いが、今ははっきりとわかります。 「キングダム・オブ・ハピネス」は、魂の垢落とし。古巣に戻ったような安心感があります。 「クリスタル・メディテーション」は、氷の世界のようなスッキリとした空気。集中力がバツグンに上がります。気高い空気感に包まれます。 「ソウルフリーダム」は、立体的・多次元的な夢や現実を見せてくれます。事象の真理に気付かされる、そんな力を持っています。 「ユースニング」は、最も平安なエネルギーを感じます。心身ともに穏やかでいられます。母胎に宿る赤ちゃんの気持ちってこうなのかな?という感じです。 「ムーンナイト・ライダー」は、強い波長を感じます。刺激が強いため、安寧、リラックスには向きませんが、意図した物事の現実化に良さそうです。 以上はすべて、私個人の体感です。

人それぞれ、自分にだけ与えられる体験があり、実感も違うと思います。 だからこそ、自由な感性で選択できるエネルギーを常に浴びられるのは、常時岩盤浴のようで、かなり有難いです。心強いです。

これがないと、不安でいきていられない。という脅迫観念はありません。 なくても大丈夫。でも、ある限り楽しんで人生を乗り切れる。

そんな位置づけの、人生のお供DVDです。

 

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