2017/08/08

☆スイレンの素敵な香り&メッセージと大いなるものの意図との決定的な違い

スイレンを自宅の庭で育ててみたくなり、先日近くのお店で1株購入しました。さっそく翌日の午前中には、黄色がかった白いスイレンの花がきれいに咲きました。夕方帰宅すると、すでに花は閉じてしまっていました。

その翌日も咲くかと楽しみにしていたのですが、日が出ても咲きません。どうやらお店で3日咲いてしまっており、私の自宅で咲いたのが4日目だったようです。スイレンの花は4日間しか咲かないのです。

スイレンは、漢字では「睡蓮」と書きます。この字の通り、睡眠する(眠る)蓮(はす)で、夜は花弁を閉じて眠り、昼は花を開くことから名づけられたといわれます。開花する4日間、夜は眠り、昼は起きて咲くのですね。花は水面に咲き、葉っぱも花の水面に展開しています。よく似た植物はハスですが、ハスは葉っぱも花も水面より上に展開し、形も違います。

私がなぜスイレンを自宅の庭で育ててみようと思ったかというと、エネルギーと香りを毎日体感してみたくなったからです。

購入したのは温帯性スイレンで、植物園に行くとふつうにみられるのですが、花は手の届かない池の表面に咲いていて、エネルギーを手に感じることも、鼻を近づけて香りをかぐこともできません。

庭にスイレンを1株置いただけで、なんだか清らかなエネルギーが漂ってくる感じがします。またついに香りをかぐことができたのですが、これが非常に素晴らしい。以前私の好きな花の香りを当てていただくメルマガ誌上実験をしましたね。その時はまだスイレンの香りを知らなかったので、上位3つの中に入れておりらず、ハスの香りを私の好きな花の香りナンバー1としましたが、スイレンも引けを取りません。

とても上品で、清らかさがつんとくるといった感じの、透明な香りです。

今回購入して自宅で咲いた温帯性スイレンの様子(上の写真)は、私のフェイスブックでもご覧いただけます。
https://www.facebook.com/eiichi.hojiro

引き続きエネルギーを体感、研究して、何か発見があったらまたお知らせしますね。

ちなみにすでにエネルギー・フラワー・フォトにしている人気の紫とピンクのスイレンは、熱帯性スイレンです。寒さに弱いので日本では温室でないと育ちません。何度も植物園の温室に行って、撮影してフォトにしたものです。

※ネガティブなカルマの軽減・浄化などの効果が期待される紫とピンクのスイレンのフォトについて詳細はこちら:
http://www.eiichihojiro.jp/energyphotos/flowers-2/suiren_purple/
http://www.eiichihojiro.jp/energyphotos/flowers-2/suiren_pink/

 

■メッセージと大いなるものの意図との決定的な違い

先週の土曜日(8月5日)レストランで軽い昼食をとって、紅茶を飲みながら心を空っぽにしていると、大いなる存在とつながって、私はノートに手記を取り始めました。丁寧にゆっくりと流れ込んでくる概念を言葉に書き写していったのです。今日はわかりやすいようにすこし編集して、以下にその半分だけご紹介することにしました。

「世にたくさんあるメッセージと、大いなるものの意図(意志)との違いに注意してください。いろいろなチャネラーたちが紹介しているメッセージを、大いなるものの意図(意志)と勘違いしないでください。そういったメッセージは、一種の情報ととらえるべきものであり、質問に対していろいろな人による答えがあるようなものなので、その情報はこちら側で洗濯・参考にすればよいのです。

メッセージを送ってくる存在のレベルはいろいろあり、たいていはそれを受け取るチャネラーのレベルに合わさっています。しかし、大いなる存在(幸せな変容を完成した存在、完全解脱者、救済者)の意図は、一種の要望であり、あなたたちへの期待でもあります。それはたいてい言葉によるメッセージではなく、概念のかたまりとしてあなた方の魂にぶつかってきます。

予言(~~ということになる)というメッセージにはよく注意をはらう必要があります。この種のものは占いと同じ次元であり、人々をよくない方向に導く場合があるからです。一方で、よい方向に導いてくれるものもあります。

個人や社会の運命が決定しているわけではありません。運命はいくらでも変えていくことができます。並行現実は同時に存在しており、そのどれを選ぶかは個人や社会にゆだねられています。

陰謀論的なことをメッセージとして伝えてくる存在は信用してはいけません。たとえそれが真実(事実)の一面をとらえていたとしても、それは個人の幸せな変容を阻害するだけです。あくまでも幸せな変容(解脱)に向かって、淡々と進むことが大切です。」

このノートを後日読みながら、考えたことがあります。それはちょっとむずかしいかもしれませんが、「霊」と「魂」の違いです。この2つは同じような感じがしますが、霊は私たちの存在の表面、エネルギー体の外側を指すニュアンスが強いと思います。

これに対し、魂は私たちエネルギー体の内側、コア(核)の部分を指すニュアンスです。

そしてメッセージは霊を介して伝わってくる。宇宙や世界、つまり私たちの外側にいる霊体が、私たちの霊に対して伝えてくるものです。

これに対し、大いなる存在の意図は、私たちの魂に直接ぶつかってくる。大いなる存在の意思が私たちの魂に伝わってくるのです。

そう考えると私はとても合点がいくのですが、皆さまはどうお考えでしょう。私が変容のほほ笑みDVDのなかに書いたものは、私の魂に直接ぶつかってきた意思を文字にしていったもので、あえて言えば「ソウルライティング」というべきものなのだと思うのです。

(2017年8月8日のメルマガより転載)