ブログ・サイキックメディアム

☆憑依体質と霊媒体質の違い

憑依体質と霊媒体質、この2つは同じような意味で使われることが多いようですが、明確に違う体質だと、私は考えています。

どのように違うのかというと、憑依体質は自分でコントロールできないのに対し、霊媒体質は自分でコントロールできる。ここが大きな違いです。

いずれも自分以外の霊や生命体(の意識)と共鳴して起こる現象ですが、憑依の場合は、その共鳴現象が自分の意志にかかわらず自動的に起こってしまいます。その相手が近づいただけで影響を受けてしまう。いわばスポンジのように何でも吸収してしまう。

その結果、相手がネガティブだと、自分の心や身体にネガティブなことが起こってしまい、相手がポジティブだと自分の心や身体にポジティブな反応が起こります。

霊媒の場合は、自分が意図的にその相手に共鳴して、たとえば相手が神さまのような存在だと神のお告げを聞いたり、自分や他の人のためにもなるような情報を引き出すことができます。巫女さんがこの典型的な例でしょう。

その相手に共鳴する方法を霊媒の人たちは本能的に、または経験的に知っているのだと思います。

私がレムリアンヒーリング®という手法を習得して、このことがよくわかりました。やり方があって、ヒーリングを受けている人とつながる(共鳴する)と、その人の悩みや問題点、感情などがわかります。またレムリアの女神や光の存在たちとつながって(共鳴して)、素晴らしいヒーリングエネルギーを送ることができるからです。

憑依されやすい人や霊媒のような人に共通しているのは、他の生命体(たとえば花、樹木、イヌやネコなどの動物、あかの他人など)に好かれやすいということ。

それから最近、憑依も霊媒も、第8チャクラが関係しているのではないかと考え始めています。第8チャクラは、頭部のなかにある第6、第7チャクラのその上にあるとされるチャクラ。そう身体の外、頭の上のほうにあるエネルギーセンターといってもいいでしょう。

このチャクラが正常に働いていれば良いのですが、何らかの理由で弱かったりすると、頭の上(のオーラ)に穴が開いているような状態となるのではないか。そうするといろいろなエネルギーが自動的に入ってきてしまう。つまり憑依体質になってしまうのではないか…。

これに対し霊媒の場合は、その第8チャクラが強く、かつ自由にコントロールすることができるので、意図的に大いなる存在や神さま、他の生命体(たとえば花や樹木など)などとつながって、その恩恵を受けることができるということなのではないか…。

■「今ここ」の先にあるもの

「今」とは? 「ここ」とは? 今現在このブログを書いている10月7日の午後4時。その瞬間こそが今なのか? 自分の部屋でパソコンに向かって、書いている。その場所が「ここ」なのか?
昔から言われている「今ここ」に集中するということ、私はずいぶんやってきたつもりだ。心に浮かぶ雑念や妄想、あらゆる無駄な心の反応を「サティ」(言葉によるラベリング)で消し、「今そのものの凝縮した瞬間」に自分の意識を同化させる。どこまでできたのかは別としても。
この「今ここ」という瞬間に、過去もなければ未来もない。それらは妄想以外のなにものでもないから。そのように伝えられている。少なくとも私の理解では。
しかし、最近、これは違うと感じるようになった。私が意識を集中させ「今ここ」の魂(意識)と一体となると、自分の前世や過去、未来の自分の様相や情報も全部含めて「今ここ」なのだと感じるようになったのだ。
考えてみるとこれは当然なのだろう。そういう意識状態に入るためのガイダンスとして、まずは心に浮かぶ雑念や妄想を消す方法が伝えられたに違いない。今ここの瞑想の先にあるもの、その目的、方向性をはっきりととらえておく必要があるのだろう。

☆エネルギー・フラワー・フォトの制作時のメッセージ

■時として遠隔ヒーリングのようにメッセージが

エネルギー・フラワー・フォトを制作するときは、印刷した2枚重ねの花のフォトに、私独自の方法でヒーリングハンドと2~3か所のチャクラを動かして、エネルギーを封入する。

依頼者の希望や意図が具体的なほど、エネルギー封入中、遠隔ヒーリングを行っている感覚と似てくる。考えてみれば当然なのだろうが、エネルギー・フラワー・フォト制作はフォトを使った遠隔ヒーリングのようなもの。

エネルギー封入中、トランス状態になって、大いなる存在、花のエネルギー領域、そして依頼者の心がうまくつながると、メッセージが降りてくる。降りてきたらそのメッセージを手紙(手書き)にしてフォトに同封する。時間がかかる作業だが、楽しい仕事だ。

☆我々と地球の次元上昇

■次元上昇の一部

現実(自分の現状などに)に心を動かすのではなく、その現実を正しく理解することの方がよっぽど大切。たとえばその人が病弱であったとする。だからネガティブに心を動かしたり、一念発起して病弱でない自分をつくれるのだからとポジティブに心を動かすのもどうかと思う。

大切なのは、その人に病気がちという現実があるのを理解することだ。理解できると、なぜそうなのかがわかってくる。具体的に栄養の摂り方や運動状態の現実が浮かび上がる。そうしたら、その現実を健康なものにする方法がわかってくるはず。

それはその人がもともと持っていた並行現実といってもいい。現実を正しく理解するのは、その並行現実に移行することにつながる。これもその人の幸せな変容、あるいは次元上昇の一部と考えてよいだろう。

■地球全体の次元上昇

幸せな変容を続けていると、まず意識が拡大し、過去にも未来にもつながることが可能となる。なぜ今の自分の状態があるのかについて、過去からの影響がわかるようになる。過去とは、前世を含めた過去のこと。そしてそのまま行くと、どういう未来が待っているのかが、ある程度わかるようになる。

さらに変容(次元上昇)を続けると、新たな超常的能力が自然と発現するようになる。さらにサイキックメディアム(霊格の高い霊的能力者)となり、大いなる存在や花たちのエネルギー領域につながり、それらとの間でメッセージが行きかうようになる(メッセージが自分にも降りてくるようになる)。

さらに上昇すると、霊性が拡大してくる。さらに上昇すると、いっさいの苦や迷いから遠ざかり、悟りと呼ばれるような意識状態が現れてくる。

現在これを助けるエネルギー(フォトンエネルギー)が地球に降りそそいでおり、あたかも地球全体が次元上昇してしまったかのような状態になっている。パワースポット状態の場所も増えている。その結果、地球全体が三次元にありながら、五次元、あるいは十一次元とつながってしまっている。

■地球の意識・地球の心

人々の心が変容している。その集合意識が新しい地球の意識を形成している。シェルドレイクの仮説でいう、形の共鳴現象により、変容する人たちの数が増えている。その結果、新しい地球の意識が強くなってきている。それはあたかも地球全体が次元上昇し始めているかの如くである。

しかし三次元地球はそのまま物質現象を伴って依然として存在しているので、新しい地球の意識というエネルギーだけがそのまま五次元といった世界に移行してしまうのかもしれない。

それは新しいもう一つの惑星地球といってもいいのかもしれない。それもまた存在形態としては並行現実なのだろうか。

☆心が空っぽになると

心はふつういつも何かの思い(ほとんど妄想)をめぐらせているけれど、心が空っぽになると外で起こっている現象の思いがけない真実を知覚することがある。

今朝早く雨が降っていなかったので、いつもの河原を歩いた。気温が下がっていてとても気持ちがいいので、ゆっくりといつもより長い距離を。でもやはり足がまだ完全に復帰できていないせいで、帰り道に足に疲れが出てきた。無理しないことも大切なので、河原横のコンクリートの階段に腰をかけ、河原に群生する雑草をぼうっと見ていた。足の筋肉を軽くマッサージしながら。

雲の間からわずかに朝日が漏れたときのことだ。その雑草たちが明らかに光に反応し始めたことを感じた。光を葉っぱのなかにエネルギーに変換して取り入れる発電装置(葉緑素たち)が明らかに力強く反応し始めた。

そしてその様子を何も考えずにただ眺めていると、河原全体が植物たちのエネルギーにおおわれているのがはっきりとわかった。そのエネルギーのなかには、小さくて色とりどりの豆電球のような光が多数輝いている。幾種類もの雑草が咲かせている小さな花たちが発する光だ。

☆赤ちゃんを産んだ夢を見た

今朝、私は赤ちゃんを産んだ。この歳をして、しかも男なのに。孫ではない、私の子供だ。いや、夢のなかでのこと。さっそく『エドガー・ケイシーが教える夢のメッセージ』(坂内慶子著)を見た。「ステップアップのためあなたの努力と忍耐が問われています。この新しいレッスンに取り掛かると、生まれたての赤ん坊を世話するように、しばらくは気を抜けません」とある。なるほど。おおいに思い当たることがある。この赤ん坊は、これからどんどん大きくなるだろう。

☆ピンクと青紫のアネモネのフォト制作中、空中に金箔が浮遊

先ほどエネルギー・フラワー・フォト「ピンクと青紫のアネモネ」を制作していたときのことです。一昨日印刷して乾かしておいた2枚のフォト(1枚は聖幾何学模様が入ったもの)に、いつものように心を集中しながらエネルギーを封入し、額縁に入れるという作業をしていました。

ご注していただいた方へのメッセージが来て、なるほどと思ってふと見ると、額の透明フィルムの上に6~7点の金粉が付着していました。こういうことはよくあるので、まただなあと思いながら、ずっと付着したままだとお客さんが気になるとまずいので払いのけます(払いのけなくても、ふつうは消えていくのですが)。

今回もそうしたのですが、その後額縁に入れ、発送用の白い箱にしまっていると、私の目の横の空中に3~5ミリくらいの金箔が浮遊しながら落ちてきたのです。作業に集中していたので、「あっそう」という気持ちでとくに気にしませんでした。

包装が終わってから、「えっつ?」「今回初めてかも」「金箔浮遊現象?!」と気がついたとき、その金箔はどこかへ消えてしまっていました。床にも落ちていません。幻覚? いや、たしかに私は見ました。このフォトだからこそ起こったのかも? 思わず今日のブログに書いてしまいました。

http://www.eiichihojiro.jp/energyphotos/flowers-2/anemone_pink/

☆いま愛と幸せを感じていることは?

昨日のブログで最近までにあったつらい出来事を3つ書いた。しかし、よく考えると、これらのことを経験できたのは、幸せなことなのだろう。付随していろいろなことがわかったし、これらのことを経験しているのとしていないのとでは、人生の幸せの深さが違うのかもしれない。また普通ではないと思われる能力も出てきた。感謝にたえないことである。

私はいま、変容の次のステップに来たのを感じる。3つのつらかった出来事を受け入れることができたので、いままでの人生で本当に愛にあふれ幸せと感じたことも忘れずに心にとどめておく必要があると思った。辛い過去を癒すと同時に、愛と幸せにあふれた過去を輝かせるのだ。

そこで、深い愛と幸せを感じた出来事は何だったのだろうと、思い起こす。

まずは、20歳代前半のある深夜、夢のなかに観音さまが現れて、メッセージを伝えてくれたこと。その後もずっと守護してくれていること。それから還暦を過ぎたころからしばしば龍神さまが夢のなかや出かけた先の雲に形を借りて出現し、守護してくれていること。

それから33歳ごろ妻となる女性と出会い、愛と幸せ溢れる旅ができていること。妻はいまになってようやく隠れていたブループリントに気づき、それを生かす仕事ができるようになった。

昨日のブログにもYouTubeのリンクを記したが、父と和解でき、強い愛と幸せを感じることができたのも、妻のおかげだ。

忘れてはならないのは、還暦を過ぎたころから花たちのエネルギーがわかるようになり、メッセージも必要に応じ受けられるようになって、エネルギー・フラワー・フォトや変容のほほ笑み®DVDをつくれるようになったことだ。

これは私のブループリントの1つと思うのだが、私が制作しているのではなく、大いなる存在たちが私の手や脳を動かしてこの世に生み出している。そのこと自体に、いま私は深い感謝、そして大きな愛と幸せを感じている。

与えられた命が尽きるまで、有意義な活動を続けたい。

文責:ほおじろえいいち

※このブログは、いかなる宗教団体、信仰組織の活動とは
いっさい関係ありません。また、いかなる信仰や依存を生み出す意図をもつものでもありません。

※上記の文章の著作権はほおじろえいいちが保有しています。
著者に許可なく他への転載を禁じます。

■なぜこれらの3つのつらい出来事が私に起こったのか?

最近までに3つあったつらい出来事。1つ目は両親の離婚。たしか高校生になったばかりの頃、家庭裁判所に呼ばれた。両親の離婚協議に当たり、私と妹は今後どのように暮らしたいかのヒアリングのためだ。選択を迫られるなら、私は母と暮らし、妹は父と暮らすしかないということになった。あるとき、私は父にひどいことを言った。昔のように幸せな家庭を取り戻したかったので父を説得したがらちが明かなかったので、親子の縁を切るというようなことを言った。父はかなりショックだっただろう。その後嬉しいこともあった。詳細は次の動画。しかし、これで父を深く傷つけた報いを回避できるわけではなかった。それが3つ目の出来事だ。
https://www.youtube.com/watch?v=5N7aBBJuoJc&t=214s
しかし今になって私が離婚する両親を選んで生まれて来たのにはそれなりの理由があったと確信しています(後述)。

2つ目は私が結婚して授かった2人目の赤ちゃんが生後1ケ月でなくなったこと。女の子だった。ダウン症で予定日より1カ月早く生まれ、亡くなってしまったのだ。父として、この子はしっかりと育てるぞと決心ができたとたんに、妻の実家でこの世を去った。これにはさすがにこたえた。悲しくて、悲しくて大泣きしたことを覚えている。そしてしばらくすると、ある阿闍梨の供養が届き、妻の実家で昇天。その様子は、妻の母が見届けている。この子の形をした光る雲のようなもの(霊体)が天に向かって昇って行ったという。
生後1カ月で亡くなった娘は、ブライアン・ワイスの前世退行瞑想したときに私がブッダの弟子だった時代にさかのぼり、そのときも私の子供か家族だったことがわかりました。今世でついに成仏できたのでしょう。亡くなったときは悲しかったですが、その後夢のなかに現れて、今はこんなに幸せで自由よ、ありがとう、と言ってくれたので安心しています。

3つ目は、私自身の大腿骨の骨折。今年の5月15日だった。私が愛してやまない緋色のダリアよりも魅力的な大型の赤色ダリアの鉢を近くの店に手に入れたことがきっかけだった。高松に移住して仮住まいのアパートなので、地植えはできない。鉢植えで育てようと、栽培用の土を愛用の自転車(スポーツタイプ)で買いに行った。途中、坂を下っているときブレーキ操作を誤って転倒。腰からコンクリートの道路に落下し、右後頭部も強打した。見ていた人が救急車を呼んでくれて、救急病院に運ばれた。そして人工骨頭を入れる手術をした。幸い頭は打撲だけで、脳に異常はなかった。

そこで不思議な体験をすることになる。ダリアのエネルギーによって、大難が小難になったのだろう。あるいは私の過去と前世を癒すために、大いなるものたちが私の手足を動かして、「過去と前世を癒すダリアの花たち」をつくらせたのかもしれない。この事故を事前に予知し、私の過去と前世でまいたよからぬ種を刈り取るため、インパクトを最小限にするため。
http://www.eiichihojiro.jp/healingessay/11159/

ブライアン・ワイスの退行瞑想、そして原因と結果の法則から、私の前世はおおよそこんなものだろうと推測がついていた。

ある前世で、私は家庭を捨てて、出家した。チベット密教の坊さんになった。退行瞑想では、その坊さん(そのときの私)の顔がはっきりと見えた。今よりも少し大きめでがっしりとした顔つき。捨てられた家族は、当然ながら路頭に迷った。自分は密教のスゴイ法力を身につけたが、捨てられた家族の悲しみと苦しみは大きく、それを知っていた私は今世で離婚する両親を選んで償うことを望んだ。2人目の赤ちゃんが亡くなったのも、前世のこの出来事の報いに違いない。

今私はこれらすべてのことを受け入れようと思う。過去と前世を深く癒すために。大いなる光の存在たち、そしてダリアの花たちに、あらためて感謝しながら。

文責:ほおじろえいいち

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蓮池にて


好きな栗林公園に連日通っています。入り口近くにクスノキが2本生えている芝の広場があり、妻はこのクスノキに抱きついたり、私は芝の上を杖なしで歩いたり。エネルギーがいいので、リハビリがすすみます。

この広場を過ぎてすこしすると、蓮池です。近づくにつれ、いつも私はトリハダが立ってしまいます。蓮のエネルギーに身体が反応してしまうのです。

そろそろ蓮の花も咲き始めています。この蓮池の前で、1ショット。このブログを読まれたあなたも、きっと何か感じるはずです。もしかしたら素敵な蓮の香りが漂ってくるかも。もし何か感じたら是非メールくださいね。