『心的惑星圏』について

心的惑星圏右の画像は、1980年11月に無限という会社から300部ほど自費出版した本の表紙です。これは、詩集というほどのものではありません。しかし、今になって思うと、『心的惑星圏』は、私の著作活動の原点ともいうべきものでした。

宮沢賢治の『春と修羅』を読み衝撃を感じて以来、学生時代から詩らしきものを書いていました。ずっと後になってアニメ映画「銀河鉄道の夜」を見たとき、これこそ私の世界という思いにかられたのも、賢治の詩や童話が、異界、あるいはこの世の向こう側の宇宙から何らかのものがインプットされて、書き始められていると確信したからです。

作品の価値を問うならば当然のことながら賢治にはほど遠いのですが、詩的イメージがわいたときは、言葉にはならない、日常的世界とは異質の何ものかが、私の中にも闖入していたと思われるのです。それを詩作品のようにまとめようとすると、日常的な概念やイメージが混入していしまい、異質の何ものかは遠ざかってしまいます。

しかしその発語の作業は、瞑想のように私の心を清らかにし、また宇宙の大いなる生命の波動からエネルギーを得るような、楽しいものでした。その作業の後にできた詩らしきものを集め、1冊の本として自費出版したい、そう思ったのはいったいなぜなのでしょう。

人生の上で起こることの何ひとつも意味のないものはないと、私は思っています。まして、本を作ろうという思いは、私にとって重要な意味があったはずです。その意味がわかり始めたのは、この詩集を出してから20年も経ったときのことです。

2000年1月に、私は『地球は心をもっている』(日本教文社刊)という本を出版しました。そのあとがきにも触れておいたのですが、『心的惑星圏』というネーミングに、シンクロニシティーが起こっていたのです。この地球は「惑星心場」につつまれており、そのフィールドの波動に導かれるように生命は進化してきたのではないかと故ウィラー博士は考えました。地球ガイア仮説を一歩進めた考え方です。

博士がそのインスピレーションを得たのが1981年。「惑星心場」を英語でいうと、Planetary Mind Field となります。「心的惑星圏」は Mind Planet Area とでも訳せるでしょうが、Planetary Mind Field と同じような意味合いです。私とウィラー博士は20年後に出会い、このネーミングの奇妙なシンクロニシティーに驚いたのです。

それから数年が経ち、ウィラー博士が亡くなられてから、私はある考え方にたどり着きました。それは、すでに宇宙のホームページのような異次元の世界に私が過去に書いたり、これから書くであろう本の中身の概念・情報がすでに存在しており、それがときおり宇宙の大いなる存在、あるいはPlanetary Mind Field と共鳴するようにして、私にメッセージが届けられているのではないか、というものです。

20年以上も前から私はそのメッセージのほんのわずかなひとかけらを大事にし、躍起になって詩のようにまとめていた。私の人生の方から送り届けられていたともいうべき、詩的イメージ、あるいは書物のインスピレーション。それを文字にまとめる作業こそ、私の著作活動だとすれば、『心的惑星圏』を1冊の詩集にまとめたことこそ、私の人生の出発点として重要な意味があったと思うのです。

これからも時間のゆるすかぎり、昔かいた作品やこれからかく作品を、画像とともに、宇宙のホームページではないこちら側のホームページにまとめてみようと思います。それにより、宇宙の異次元にある私の作品群がどんなものであるのか、わかっていくことを夢見ながら……。

(喰代栄一・2004年1月)

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